自転車の練習

私は自転車にうまく乗れない。実は幼少のとき練習して一度乗れるようになったのだが、その後自転車に乗ることがない暮らしをしていたら、乗り方を忘れてしまった。初めて乗れるようになってから10年経って高校生のとき、明日香村を訪れて、レンタルサイクルで辺りを散策しようとしたら、どうしてもバランスを取って走ることができなくなっていることに気づいて、自転車での散策は泣く泣く諦めることになった。

それからずっと自転車に乗るのは諦めていたが、京都に移住し、京都は自転車が便利だよ、とすすめられることも多く、練習してまた乗れるように(昔乗れたんだから、ちょっと練習すれば乗れるはず!)なっておいてもいいんじゃないかと思い始めた。といってもしばらく、練習場所はどこが適切かわからない(開けた公園などは自転車侵入禁止のことが多い)とか、そもそもこの歳で自転車の練習してるのも恥ずかしいとかあって、なかなか手がつかなかった。が、練習に協力してくれる人を見つけて、やっと練習に取り組むことができた。

練習場所は結局本当に理想的な場所というのは見つからず、人通りの少ない道でやることに。練習の内容は以下のようなもの。

  1. ペダルを漕がない状態で、バランスを取れるようになる練習
    • ゆるい下りの傾斜が付いている場所を使うことで、ペダルを漕がなくても前には進む
    • 最初は自転車後方を軽く押さえてもらう補助をしてもらいながら走り、慣れたら補助をなくしていく
  2. ベダルを漕ぐ練習
    • 傾斜がないところをペダルを漕いで進む
  3. 曲がる練習
  4. そこら辺を少し走ってくる練習
    • これで修了

果たして乗れるようになるのかと事前に不安もあったが、だいたい1時間でこれを一通りこなし、一応乗れるようになった。思ったよりはスムーズだったけれど、少し詰まったところもある。曲がるときや、登り坂の時にふらついてしまいがちだったのだけど、「上体の力を抜く」「足親指の付け根の部分でペダルを踏む」などアドバイスしてもらって、もう少しうまく走れるようになった。

練習メニューは、練習に付き合ってくれた人が考えてくれた。親切な指導に感謝。


ところで、自転車の練習をするきっかけは「京都に来たことだし」だったが、最近仕事の都合で再び居住地を東京に移すことになった。とはいえ、こちらでも自転車を活用していければ、と思う。

今年見た映画、演劇

今年は相変わらず映画も見ていたけれど、年の初めに思い立って『PHOTOGRAPH 51』のチケットをとり、その後もちょくちょくお芝居を見に行くようになった。もともとここ数年で戯曲を読むのが好きな自分に気づき、その延長で見に行ったのだけど、これはなかなか大きな転換点だったと思う。映画と比べると公演のかなり前にチケットを確保したり、チケット代もそれなりだったりと、あまり気安く行けるものではないのはそう。でもやはり舞台の上の役者さんの演技をこの目で見れるのはよかった。

見た中で特に好きなものを映画、演劇交えて軽く紹介。

シェイプ・オブ・ウォーター

3月にTOHOシネマズで見た。

題にもある水、そして卵、指といったフェティッシュを帯びた品々、突っ走るファンタジー・ロマンス、そしてバイオレンス、様々なマイノリティたちの団結を描く政治性、面白くなりそうな要素をこれでもかと詰め込んだ最高のエンタメ作品だと思う。

『PHOTOGRAPH 51』

www.umegei.com

4月に梅田芸術劇場での公演を見た。最初に書いたように、これが個人で見に行くのでは初めての演劇体験。

50年代分子生物学における悲劇のヒロイン(?)ロザリンド・フランクリン板谷由夏さんが演じている。が、このロザリンドは、平凡な悲劇のヒロインなんてものじゃなくて、どこまでも峻厳で気高い(やはり悲劇的ではあるが)。女を人並みには扱わない当時の研究環境にあって摩擦は避けられず、苛烈な会話劇になっている。ロザリンドとウィルキンスがシェークスピアの『冬物語』を語り合う場面が、劇中唯一の温かい会話のシーンであり、かつ『冬物語』が物語全体のテーマのバックグラウンドとなっていて、印象に残った。

ブリグズビー・ベア

7月に京都シネマで見ている。レイトショーだったんだけど、観客が自分の連れと、あともう一人しかいなくてちょっと心配になった。

80年代子供向け番組を模した作中作品『ブリグズビー・ベア』だけを見て育った青年を描く青春映画。映画はその『ブリグズビー・ベア』のムービークリップ、主人公ブリグズビー・ベアが仲間のスマイル・シスターズと協力して宿敵サン・スナッチャーを撃退する一場面から始まる。そのまさにVHS的な映像に一瞬で好きになってしまった。

『スカイライト』

www.nntt.jac.go.jp

先日12/27に兵庫県立芸術文化センターの公演を見に行った。

やっぱり結ばれえない男女の会話劇に心惹かれるものがあるのかもしれない。ふっと表出する愛、どうしようもない断絶を前に通り過ぎる愛。

2018年、Vimperatorを卒業する

長らくWebブラウンジングにはVimperatorを使ってきた。従来のXULを使った拡張を廃止し、WebExtensionに一本化されたFirefox 57が昨年リリースされたのに伴い、XUL拡張でWebExtensionへの書き直しも困難なVimperatorはend of lifeが宣言された。それでもまだ長期サポート版であるFirefox ESRがFirefox 52相当なので、こちらでVimperatorを使い続けることができていた。とはいえ、Firefox ESRも2018年中にFirefox 60になるらしい(RapidRelease/Calendar)ので、2018年はいよいよVimperatorからの卒業が迫られている。

Tridactylを使ってみる

Vimperatorからの移行先候補はVimperatorレポジトリのREADMEにまとめられている。その中でも「aims to eventually match the vimperator experience」らしいTridactylというWebExtensionに興味がわいた。Vim風ショートカットやHit-a-Hintだけでなく、exモードがあり、補完候補の表示も限定的ながらできるようだった。Vimperatorをヘビーにカスタマイズしていたわけではなく、もっぱらキーボードだけでタブや履歴をインクリメンタルに検索して開ける操作を気に入って使っていた私にはちょうどよさそうに見える。

実際Tridactylをインストールして使ってみると、だいたい期待通りに動く。ところが、重大な欠点があって、ctrlキーを使ったキーバインド全般に対応していない。タブの切り替えはC-n, C-pでなくgt, gT、補完候補の選択もC-n, C-pではなくTab, S-Tabでなければならない。Escapeキーの代わりにC-[を使うこともできない。これではつらい。この問題は認識されてはいて

How can I bind keys using the control/alt key modifiers (eg: ctrl+^)?
You can't, yet. See issue #41.

https://github.com/cmcaine/tridactyl#frequently-asked-questions

とある。関連issueをいくつか見ていると、WebExtensionではFirefoxの組み込みのショートカットの上書きが必ずしも許されていない、すなわち新たに動作を定義しようとしても、元々の動作を抑制することができないというのが最大の障壁のようだった。

しかしながら、macOSではFirefoxのデフォルトのショートカットはほとんどctrlキーでなくcommandキーを修飾キーとして用いるので、ctrlを使うようなキーバインドを新たに入れたって平気ではなかろうか。というわけで、macOS専用であまりよろしくはないけれど、forkして C-[ や C-n, C-p のようなキーバインドが使えるような変更を入れてみた。ついでに補完のふるまいを少しVimperatorに近づけたりもしている。

github.com

これで私が望んでいる機能はおおよそ実現され、Firefox 57に移行することができた。

ただ上に書いたように、macOS以外の環境ではFirefox組み込みのキーバインドと衝突するほか、それ以外にも元々の挙動を変更している部分があってそのまま本家に取り込んでもらうのは難しそう(ちなみにtridactylの開発者たちはみなmacを使っていないらしい)。どうしたものか。

2017年に見た映画

私はもともと映画館によく映画を見に行く方ではなかったのだけど、京都に引っ越してからここのところ、京都シネマをはじめとするミニシアターにたまに通うようになった。先日はとうとう京都シネマの会員になった。京都シネマの会員制度はちょっと変わっていて、会員募集を1年のうち11月から1月の3か月しかやっていない。ちょうど11月に差し掛かったころに会員割引が入会費を優に超えそうなペースで見ていたのに気づき入会した。

今年見た中で心に残ったものをいくつか。

キャロル

3月に京都シネマで見た。

50年代風の主演の二人のビジュアルと、それをとりまくレトロな小道具の品々にうっとりする。のっけからぐいぐい来る恋愛模様も小気味よく、こっちまで勇気づけられるような。劇中で使われるBillie Holidayの『Easy Living』も、まさにああそれ、という感じでよかった。時代相応に同性愛は治療の対象という扱いで、二人の仲が引き裂かれる(引き裂かれかける)悲しい話ではあるのだけど、それを上回る熱量があった。

20センチュリー・ウーマン

京都シネマで先月見た。

こちらは70年代のカルフォルニアが舞台で、息子(監督)から見た母の話。パンクやフェミニズムなど、その時代をドライブした文化が映画の中に散りばめられている。若者たちはそうしたものまっすぐに自分の生に取り入れて、生きる糧にしようとする。年長者は彼らを無軌道、過激すぎると、怒り、あきれながらも、向き合っていこうとはげむ。みな大変そうなんだけど、全体として優しい日差しが降り注ぐ絵作りで、しんみり、ほんわかする。

エンドレス・ポエトリー

今月京都みなみ会館で見た。ちなみに京都みなみ会館は建物の老朽化で2018年3月中に一時閉館になるそう。

監督アレハンドロ・ホドロフスキーが自身の青年期を象徴的に描いた作品。一番記憶に残るのは、「詩人は何物にもはばまれず、まっすぐ歩く」とアレハンドロと友人エンリケが腕を取り合ってそれを街中で実践するシーン。マジック・リアリズムと呼ぶべきものなのかはわからないけれど、生や感情の昂ぶりに、現実の側が変容しついてくるような世界。

#2017年一番良かった《映画・ドラマ・アニメ》

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京都に住み始めた

この春就職に伴って京都に引っ越した。京都はどう、と聞かれることも多いので感じるところを少し書いてみる。

まず、町がコンパクトなおかげで自動車や電車に依存しない暮らしができるのがうれしい。20~30分歩くのが嫌でなければ、歩きで行ける範囲で普段私が足を運びたくなるようなお店、施設は一通りそろっているといえそう。歩いていくには少し遠いところでも自転車という手があるし、あるいはタクシーに乗ってもそんなに料金がかからない。満員電車は嫌で、散歩は好きな私としてはこれを京都に住む一番のメリットして享受している。

5~10年前に京都に旅行で訪れた時と比べると、国際的な観光都市としての色は強まったように思う。私が住んでいるのは観光名所がたくさんあるようなエリアからは少し離れているものの、近所のスーパーにいっても外国からの観光客とみられる人々をよく見かける。ゲストハウスもところどころにあって、そういったところに宿泊してるのかもしれない。こうして色んな国、文化の人々を受け入れてること自体は、私は喜ばしく思っている。まあ観光客としてよりは、働いてそこに暮らす人が増えた方が面白いけど。

よくある懸念として、観光都市として発達すると、居住者にとっての住み心地は悪くなるのではないかというのがある。確かに観光名所を通るいくつかのバス路線の混雑がひどいという話はよく聞く。普段はそうしたエリアを訪れることはないので、私はこれといって迷惑に感じていることはない。むしろ、外国人観光客の増加を快く思っていなさそうな人から外国人と思われて罵られることを一度経験していて、排他的な風潮の方が怖ろしかったりする。

携帯電話の買い換え、iPhone 4から6sへ

iPhone 4をこの6年間ほど使っていた。使い始めて4、5年経った頃からいいかげん買い換えたいと思っていたんだけど、ソフトバンクの解約月がめぐってきたこの機会に、ようやく買い換えることにした。6年前といえばiPhoneを取り扱っているキャリアはソフトバンクしかなくて、ソフトバンクもそのとき契約したのだった。

メッセージのやり取り以上の使い方をあんまりしないから使えるだけ使い続けようと思っていたけど、6年目ともなると使っていてストレスを感じる部分は多々あった。そもそも(もう誰も覚えていないだろうけども)iPhone 4はホームボタンのききが悪い機種で、自分のものも反応するまで何度もボタンを押し直さないといけないことが結構頻繁にあった。もっともそれは意外にも慣れて、むしろ困ったのは、度重なるiOSアップデートの末に(といっても7までしか上がらないが)OSが期待するハードウェアの性能を満たさなくなり、UIがlaggyになること。メモリ不足ゆえにアプリケーションの切り替えにいちいちそのアプリケーションの再起動を要したり、最近ではパスコードの入力すら画面に表示されるまでにラグがあったり……。iPhone 4はちょうどRetinaディスプレイが導入された機種で、その意味でちょうどいいタイミングで買ったつもりになっていたけど、一方で過渡期のものを買うことにはこういう弊害(ソフトウェアのアップデートについていけない)があるのかもしれない。

買い換え先の機種は少し悩んだ。私の使い方の範囲内だと、とにかく見目さえよければいいや、という感じだったんだけど。iPhoneにこだわりはないつもりで、実際最後のNexusシリーズとかも検討したんだけど、結局Androidの使い方を覚えるのが面倒な気がして、ずるずるiOSを使い続けることに。SIMフリーのiPhone 6sで中古で買った。中古といってもほとんど目に見える傷もないもので、Apple Storeの新品との差額も1万円とあといくらかしかないんだけど、なんとなく5万円前後で抑えたかったので中古を買うことに。iPhone SEなら中古でなくともそれより安い値段で買えるけど、iPhone 4の頃からあまり形状が変わってないし、気分を変えたかったので。

iPhone 4のときはケースをつけずに使ってきたけど、iPhone 6sは背面に入っているラインがあまり好みでないのもあってケースも買うことにした。こういうの。

フラワーリング iPhoneケース 6 6s対応 和風 チェック柄 ネイビー  SC-0573-NV

フラワーリング iPhoneケース 6 6s対応 和風 チェック柄 ネイビー SC-0573-NV

転入したIIJmioのSIMを挿して使っている。UIがまともに動いているのがうれしい。少なくとも4、5年この調子でいてくれたらいいのだけど。

最近遊んだゲーム

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The Elder Scrolls V: Skyrim

前の記事で書いたとおり、ゲームが十全に遊べるパソコンを導入してから、しばらく遊んでいた。TESシリーズを遊んだのは初めてで、Falloutのような同じオープンワールドと比べると、地形に地域ごとの特色があるというか、何よりマップ中央に高い山があって山登り気分を楽しめるゲームだった(これはTESシリーズというよりSkyrim地方の特色かもしれないけど)。景色を楽しみながら歩いていると、物陰から現れた野生動物に襲われて殺されたりする山登りだけど。それと、登場する人々がやたらと政治的にいがみあっているのがこのゲームの楽しさ。特にTESにおいては架空の種族が登場するファンタジー世界であるのを利用して、民族主義に根ざした対立、差別などが描かれていている(あくまで現実のアメリカをモチーフとしているFalloutだと、これは広い市場獲得を目指すタイトルとしてやりづらい )。で、そうした対立の歴史を含むTES世界を記述したゲーム内書籍も膨大に存在しており、この世界のloreを形作っていて、それらを読み込むのも楽しい。メインクエストを実はまだ終わらせてないんだけど、にもかかわらずプレイ時間が200時間を超えている……

ちなみに10月にリマスター版が配信されたものの、こちらは未プレイ。いつか気が向いたときにやるだろうか。旧作だと中世ヨーロッパ風ファンタジーの文脈を直接参照しないという意味でBethesdaのオリジナリティがある世界が描かれているTES III: Morrowindに興味がわいているので、むしろそちらのリマスターが出てほしい。

The Elder Scrolls: Legends

TESのloreに入れ込んだのをきっかけに、比較的最近オープンベータになったTESを題材としたdigital CCGである本作を9月くらいに始めた。結論から言うとこのカードゲームは地名や人物への参照はあるものの、TESのloreを生かしたそれには現状あまりなっていないし、card artがloreとの整合性がとれているか疑わしいこともあったりする(修正されることもある)。しかしながらカードゲームとしてはバランスのとれたゲームデザインになっている、みたい。この手のCCG自体ほぼ初めてだったので、最初は種族などでコンセプト付けしたデッキを作ろうとしたりしていたが、段々digital CCGの厳しい世界(強いデッキ構築に関する情報が出回っており、みなそれをベースにしている)を知り、プレイ実況などを見ながらそっちの文化を学んでいった気がする。

Life Is Strange

オレゴン州を舞台としたジュブナイルで時間操作ものなアドベンチャーゲーム。セーブ、ロードというメタな操作がなく、代わりに主人公に与えられる時間巻き戻しの力が使える。エピソード1だけやってそれなりによかったのだけど、システム面で心情的な引っかかりを感じて残りを積んでいるところ。

Gang Beasts

相手を場外にはじき飛ばせば勝ちというスマッシュブラザーズみたいなルールの乱闘ゲーム。4人で集まってプレイしている動画がとても楽しそうだったのでやってみた。が、思ったほど入力に対してうまくアクションが決まらない。操作のままならなさを楽しむのかな……。AIは実装されていないため、オンライン対戦機能を使って遊ぶんだけど、生き残った2人が試合を放棄してラウンドが終わらなくなったりする。友達と空間を共有して一緒に遊ぶのが楽しいだろうな、きっと。

Fallout 4

Skyrimの世界の魅力が山歩きとするならFalloutにおける楽しみは廃墟探索だろうか。昔遊んだFallout 3やNVと比べると最近のFPSやTPSっぽいプレイフィールがより取り入れられていて、戦闘の楽しさもいくらか増した気がする。こう書くとFPSやTPSの経験者のようだけど、実際はその系統のゲームはプレイ動画を見たことがあるくらいで、むしろFallout 4をはずみにしてもう少し本格的なFPSにも手を出してみたいと思っているところ(もっともPvPをやるつもりまではないけど)。コントローラーで遊んでるし、オートエイム代わりにVATS使ったりしてるが……

SFとして見ると……。人造人間を製造し、Mankind Redefinedなんて掲げてるthe Instituteの人々が、人造人間は人間に見えるけどもあくまで機械なんだって言って道具扱いするあたりにちぐはぐさを感じる。まあ所々で参照されているのであろう『ブレードランナー』を観てみてもいいのかもと思った。


振り返ると自制がきかないくらいゲームに何度かはまりこんでいるので、来年は少しひかえたい。TESもFalloutも次のタイトルが出るのは当分先だろうから大丈夫かな。